大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(合わ)194号 判決 1962年12月11日

判   決

野倉信治

右の者に対する傷害致死被告事件について、当裁判所は検察官三上庄一出席のうえ審理をおわり、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年に処する

訴訟費用は全部被告人の負担とする

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三五年三月東京都品川区荘原町所在の城南金属塗装株式会社に自動車運転助手として入り、同年一二月一日神奈川県公安委員会より小型自動四輪車運転免許を受けて後は引き続き同社において貨物自動車の運転に従事しているものであるが、昭和三六年七月二五日午後七時一五分頃同社の普通貨物自動車五九年式トヨエース4ゆ10572に約五六〇キログラムの荷物を塔載し、助手二名を座席に同乗させて同社より都内大田区原町方面に向ううち、午後七時四〇分頃同区馬込西三丁目七一番地先のアスファルト舗装道路(通称三本松通り)において前方左側から道路を歩いて横切ろうとする山内善信を発見し急停車して同人と口論した際、附近の食堂から同人の仲間である渡辺弘和(当時二八才)外数名が駆け寄つて、運転席横のドアをあけ、被告人の腕をとつて降そうとし、「車なんか俺達が運転するから降りろ」と申し向ける等の言動に出たため、車を道路脇に寄せるふりをしてその場を逃れようと車を二〇数メートル進行させたが、右渡辺外一名に前方を立ちふさがれて一旦停止したものの、これを排除すべく更に徐行をはじめたところ、右渡辺が運転手席正面の前部バンバーの上に両足をかけて乗り立ち、車体屋根の前部などにつかまり容易に降りなかつたが、被告人はなお進行を続け、同所から速かに退避せんとする余り、そのまゝ加速すればあるいは同人を道路上に転落又は下車転倒させて傷害を与えるに至ることあるをも認識しながら、敢えて時速約二〇キロ乃至三〇キロに加速して三〇数メートル走行し、同区馬込西三丁目四三番地上野商会前附近に至つて同人を路上に転落させて、同車右後車輪で同人の上半身を右胸部下外側から上方左鎖骨部に亘つて轢過、右腕外側および顔面右半側を轢圧し、因つて同人を頭部打撲に基く脳挫創により同日午後八時五三分同区馬込西四丁目三四番地馬込中央病院において死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件犯行が渡辺弘和外数名から暴行を加えられる切迫した状態におかれたこと及び右の者等から義務なくして停車を強要されたことに対する正当防衛として行なわれたものであると主張するが、本件各証拠によれば、渡辺が被告人の運転する車の前部バンバーに飛び乗つた際の情勢は同人が被告人に対して暴行を加えるべき差し迫つた状態ではなく、それより二〇数メートル後方で一且受けた渡辺外数名よりの暴行との関連においてとらえても未だ正当防衛の要件である侵害の急迫性を具えたものとは認められない。つぎに自動車運転者は安全運転の義務を負いその有する運行の権利は他人の生命身体の安全を十分に尊重しつつ運行すべき権利であるから、みだりに右義務に違反して行なわれた被告人の本件所為は刑法第三六条の防衛行為でもなく、また已むことを得ざるものということも出来ない。よつて被告人の本件行為は正当防衛はもとより過剰防衛にも該当せず、弁護人の右主張はこれを採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二〇五条第一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

昭和三七年一二月一一日

東京地方裁判所刑事第一二部

裁判長裁判官 江里口 清 雄

裁判官 丸山 喜左衛門

裁判官 横 畠 典 夫

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例